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スコットランド女王メアリー・スチュアートその1(ヘンリー8世の姉の孫娘) [ヒロインたちの16世紀 The Heroines]

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メアリー・ステュアート/クルーエ作/
ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵
             (1542ー1589)     
                                   
 このあまりにも有名な女王は、輝かしい血統の持ち主、英国史上のサラブレッドだった。
 父のジェームス5世はスコットランドの正嫡の王、母メアリーは2人目の王妃とはいいながら、フランスの大名門ギーズ家の出身だった。
さらに父方の祖母マーガレットは英国王女だった。家柄の面からいえば、メアリーこそ英国とスコットランドの両国の女王にふさわしかった。しかし、メアリーの人生は、大伯父である英国王の裏切りと父の死という悲劇から始まった。

 1542年11月、前々からスコットランドを狙っていたヘンリー8世は、あらかじめ敵国内に賄賂をばらまいた後、おもむろに国境線を侵犯した。その上、迎え撃ったスコットランド王ジェームス5世は、味方の裏切りによって大敗した。 
 激しい失望に喘ぐ王のもとに、さらに失望ともいえる知らせがもたらされた。
 臨月を迎えていた王妃メアリー(誰もが王子誕生を願ってやまなかった)が、リンリスゴウ宮殿で無事王女を産んだ
というのである。もはや生きる気力を無くしていた王は、数日後、29歳の若さで息を引き取った。
 1542年12月14日、メアリーは生後6日で父を失ったのである。

 翌年の7月、メアリー王女は母メアリー皇太后に抱かれて、生後7ヶ月でエジンバラ郊外のスタリング城で、ひっそりと戴冠式をあげる。その直後、幼い女王を奪ってわが子エドワードの嫁にしようと企むヘンリー8世が、再び侵略して来た。 今回は防ぐ者もなく、首都エジンバラは英国兵の手で破壊され尽くした。
 追いつめられたメアリー皇太后は、娘を人目に付かない辺鄙な修道院に隠し、5歳まで育てた後、密かにフランスへと落ち延びさせた。
 引き裂かれるようにスコットランドの海岸を離れる船に向かって皇太后は涙した。
 甲板では幼いメアリーが母を呼んで泣き叫んでいた。

 フランスで待っていたのは、形式的に婚約を交わしていた1歳年下のフランソワ皇太子と、その両親であるフランス国王夫妻だった。
 王妃のカトリーヌ・ド・メディチは 10人もの王子王女を生みながらも実権は夫の愛人であるディアンヌ・ド.ポワティエに握られていた。幸いにもカトリーヌは、メアリーを気に入って可愛がっていた。
 宮中にはメアリーの母方の叔父であるフランソワとシャルルのギーズ家の兄弟が権力をふるっていた。
 
 メアリーはカトリーヌや叔父たちに見守られてフランス人として成長し、1558年4月28日、パリのノートルダム寺院で華やかな結婚式をあげた。
 15歳になったばかりのメアリーは、宝石を散らした純白のドレスを身にまとい、歓呼の声の中、ノートルダム寺院へ入場した。
 それから一年半後、義父にあたるフランス王アンリ2世は、騎馬試合中の事故で急死。
 皇太子だった夫フランソワがフランソワ2世として即位した。妻のメアリーはフランス王妃である。
 ついにメアリーは、ブリテン島の一部を含む広大なフランス王国の女主人となったのである。
 故国スコットランドは領土の一部に過ぎなかった。

 1543年生まれのフランソワは、まだ17歳。
 生まれつき虚弱な体質だった。アデノイドがあり、年中耳が腫れ、呼吸困難に陥るところを見ると、アレルギー患者で、重度の喘息体質だったのかもしれない。
 もし真実喘息であるとするなら、成人に近い患者の発作は、現代でも死ぬ場合がある。
 そしてアレルギー患者は耳や鼻に炎症が起きやすい。
 1560年11月、フランソワは持病であった耳の化膿が悪化し、高熱を発するのと同時に呼吸困難に陥った。 
 18日間に及ぶメアリーの看護の甲斐もなく、その年の12月8日、ついに帰らぬ人となったのである。

「森や野や どこにいようとも
 明け方か夕暮れか いつだろうとも
 心は絶えず悲しみにくれ
 眠ろうとする枕元に押し寄せる この空しさ
 一人ベッドにいても、あの人のぬくもりを感じる
 働く時も休む時も、傍らにあの人を感じている。
(メアリー/亡き夫に捧げる挽歌)」

 同じ年の6月、故国の母メアリー皇太后も、娘の身を案じながら死去していた。
 周囲では、本人の意向を無視して、早々に再婚相手探しが始まった。
 メアリーは義弟で、王位を継いだシャルル9世の求婚を拒み、フランスでのんびり未亡人生活を送る気ままさも拒否する。そして、あの争いと嫉妬渦巻く荒廃した故国へ、スコットランドへ帰る道を選ぶのだった。

 その頃からメアリーは、自分の紋章に、英国王家の獅子紋を入れるようになる。
 この行為は明らかなエリザベスへの挑発行為だった。後世の人間は、それを見て「愚か」だと笑うけれど、果たして一笑に伏すことができるだろうか。

 思えば、英国側の拉致を恐れて、国内と転々と逃げ隠れした幼少時代だった。
 そして5歳の時、母と引き離され、逃げるようにフランスに渡った。
 祖父を、父を、屈辱のうちに死に追いやり、故国を踏みにじった英国。
 そんな憎き英国に対し、復讐心があったのではなかろうか。
 まして今の女王は、あの宿敵ヘンリー8世の庶子の娘エリザベスである。
 正当なチューダーの血を引くメアリーが王位を望んでも、不思議ではなかった。

 1561年、メアリーはスコットランドへ帰国する。
 メアリーは一応エリザベスに英国近海を通過する旨を知らせたが、エリザベスの側はそれをそっけなく無視した。
 7月20日、メアリーは英国側の悪意を知りながら、カレー港へと出発する。
「どのような結果になろうとも、私は旅立ちます。」
 約一月後の8月14日、ついにメアリーを乗せた船は港を離れた。
 甲板に立つメアリーは遥かに遠ざかる岸を眺めながら、激しく泣いた。
「アデュー、フランス!もう二度と見ることはないでしょう。」
 フランス語の「アデュー」は単なる「さようなら」ではない。
 決別を表す言葉である。メアリーは、第二の故郷であるフランスに二度と帰らない決意であった。

 ユーロスターでドーバー海峡を越え、南部英国に入ったとたん、それまでの清澄なフランスの陽光は消え、にわかにどんよりとした北国の空気に包まれる。
 21世紀でさえそうなのだから、ましてや16世紀、英国よりさらに北のスコットランドはフランスとの落差は大きかったはずである。5日の航海の後、メアリーが上陸したエジンバラ近郊のリース港は、霧の濃い裏ぶれた漁村だった。

 明らかな発展途上国。しかも狂信的なキリスト教原理主義者が跋扈し、隣国からの侵略行為と内部の権力闘争で疲れきったスコットランドは、どことなく現代の中央アフリカや中央アジア諸国を思わせる。
 そんな危険な場所へ、世間知らずのお姫様が復讐心に燃え飛び込んでいって万事が解決するとしたら、それはフィクションの世界だけである。
 現実にメアリーを待っていたのは、呵責の無い男同士の権力闘争と、ピューリタンの女性蔑視、英国側の悪意であった。

 しかし、鳴りもの入りで帰国したメアリーを待っていたのは、奇妙な「平和」だった。

 実権はすべてメアリーの異母兄のマリ伯爵ジェームス・スチュワートが握っていた。
 彼は父のジェームス5世が政略上やむおえない理由でフランスから王妃を迎えるために、別れた恋人/アースキン家の姫君との間に産まれた子であった。
 そして王妃のメアリー・ド・ギーズも、政略のために幼い息子を置いて異国へ嫁いで来た身であった。
 思えば、悲しい運命のカップルだった。したがって、メアリーもその母親も、マリ伯を差別していなかった。

 しかしマリ伯爵は違っていた。
(メアリーとその母親さえいなければ・・・父が母と正式に結婚していれば俺が国王になれたはずなのだ。)
 その思いが常に黒い淀みとなって胸中に眠っていた。
 そうとも知らず、メアリーは政治を兄にまかせ、自身は「象徴女王」として敬われつつ、ゴルフだ賭け事だと遊びほうけていた。英国のエリザベスの向ける敵意も、まだ表面化することもなく、のどかに「お姉様」「妹よ」などど、社交辞令の並んだ文通が続いていた。 そうこうしているうちに、メアリーの周辺には無気味な事件が起きはじめる。
 メアリーと関わった男はことごとく破滅するという宿命の始まりだった。

 フランス人詩人のシャトラールは、戯れにメアリーがキスをして以来 ストーカーとなり、二度までも寝室に忍び込んで犯そうとしたため、メアリーの目の前で斬り殺された。
 アラン伯爵はメアリーと結婚するという妄想に取り付かれて発狂し、生涯幽閉されて終わった。

「そろそろ身を固めたらどうですか?」
 マリ伯は、それとなく探りを入れてみた。マリ伯にしてみれば、異母妹がさっさと遠くに嫁いでくれれば厄介払いになる。メアリー自身は、スペイン皇太子との再婚話に少々乗り気であったが、それを聞き付けたエリザベスが、ただちに介入した。
 「英国との友好が保ちたければ、英国貴族から夫を選びなさい」
 そして自分の愛人であるロバート・ダッドリーとの縁談を持ちかけた。
 エリザベスにしてみれば、メアリーを臣従させることができるのと同時に、長年連れ添いながらも、ついに報いることができなかったダッドリーを「女王の夫」にしてやることができる良い機会であった。 
 しかし、メアリーはきっぱりと拒絶した。そのかわり、従兄弟にあたる4歳年下のやんちゃな青年を再婚相手に選んだ。

              (つづく)


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