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「エリザベス」はどこからきたの?/名前の由来について [ヒロインたちの16世紀 The Heroines]

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 日本人にとって、名前は名前以上の神秘的な存在であった。
 本名とは、本人といえども滅多に口にしなかった。ましてや他人に本名を尋ねるという行為は、大変重要な意味を帯びていた。男性が未婚の女性に名前を聞くことは、即プロポーズの意味があった。
 下って平安朝、本名は正式に官職を任命した時だけ、台帳に記されるものだった。
 普段はあだ名や役職名、住んでいる場所や立場などで呼ばれた。
 

 ヨーロッパではどうだったろうか。カトリック諸国、例えばスペインやフランスでは、洗礼の際に聖人の名をつける事が多い。例えば、マリー・アントワネット(マリア・アントニア)やルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの場合、アントワネットもアントワーヌも、聖書外伝である「黄金伝説」に出てくる聖者アントニウスにちなんだ名前である。
 フェリペ2世とフランス王女イザベラとの間に生まれた第1王女イザベラ・クララ・エウフェミニアは、「イザベラ」は実母の名から、クララもエウフェミニアも、ともに聖女の名であった。
 メアリーが聖母マリア、エリザベスが聖母の従姉妹エリザベツ、アンが聖母の母アンナなど、新約聖書のメジャーな人物にあやかった名前である。

 英国ではどうだったか。英国名は、肉親や恩人の名にちなむことが多く、聖人に由来することは少ない。とえばヘンリー7世第2王女メアリーの長女は、「フランシス」である。これはメアリーの再婚に反対したヘンリー8世を説得したフランス王フランソワ1世に感謝を込めた命名だった。ヘンリー8世の第1王女メアリー(後の女王メアリー1世)の名も、叔母メアリー王女から貰った名であった。

 また、ヘンリー8世側室メアリー・ブーリンの名も、同じメアリー王女にちなんだものだった。メアリー王女の姉、マーガレット王女は、父方の祖母マーガレット・ボーフォートから来た名前だった。

 ではエリザベスはどこから来たのだろうか。
 最初の「エリザベス」は、エドワード4世王妃エリザベス・ウッドビルである。
 彼女の母の名はジャクリーヌ(ジャケッタ)なので、おそらく 聖女エリザベス から貰った名である。その娘/エリザベス・オブ・ヨーク(ヘンリー7世王妃)の名は明らかに実母にちなんだ命名である。
 女王エリザベス1世の名は、祖母のエリザベス・オブ・ヨークと、曾祖母エリザベス・ウッドビルにちなんで付けられた名であった。
 また、生まれてすぐに亡くなったヘンリー7世末子のキャサリンは、スペインから嫁いできていた皇太子妃キャサリン・オブ・アラゴンにちなんでいる。
 キャサリンの由来は、アレキサンドリアの聖カテリーナである。

       「名前の由来となったキリスト教の聖女たち」

          聖カタリナ(伊/カテリーナ、仏/カトリーヌ、英/キャサリン)
カタリナはローマ帝国時代、エジプトのアレクサンドリアで殉教した聖女で、聖母子の幻想を見て、赤ん坊のキリストから指輪を与えられ「神秘の結婚」をした、という伝説がある。画面向かって左、左手を出して赤ん坊キリストから指輪をはめてもらっているのがカタリナ。
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    (聖ヨハネの祭壇画の一部「聖カタリナの神秘の結婚」ハンス・メムリンク作
     1479?〜1479?年で、メムリンク美術館蔵

               聖エウフェミニア
 紀元4世紀、ギリシャ生まれの聖女。異教の儀式への参加を拒んだために、ノコギリ付きの車輪で引き裂かれたり、凶暴な熊のオリに放り込まれたりしたが、奇跡によって助けられる。最後は剣で刺されて殉教した。

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       スルバラン作「聖エウフェミニア」1636年
        プラド美術館所蔵


            聖クララ(伊/キアーラ
 12世紀の聖女。イタリア/アッシジで、聖フランチェスコを助けて 修行に励んだ修道女。現在アッシジの「聖キアーラ(クララ)教会」に遺体が安置されている。

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            ジオット作「聖キアーラ(クララ)」                

                 
         聖エリザベート(英/エリザベス)
 エリザベートと呼ばれる聖女は2人いる。一人は新訳聖書に出てくる聖ヨハネの母、聖母マリアの従姉妹にあたる聖エリザベート。もう一人はハンガリー王女で、貧者に施しをして尊敬を集めていたが、夫に見つかりそうになった時、奇跡によって施し物が薔薇の花に変わったという。

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         スルバラン作「ハンガリーの聖エリザベート」
         1645年頃/プラド美術館蔵

                参考資料/

          Tudor Bastard by Heather Hobden
          The Tudor place Jorge H. Castelli
          平安の春 角田文衛 朝日新聞社

 


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