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9日間の女王/ジェーン・グレイ③(ヘンリー8世の妹の孫) [チューダー王朝の国王たち]


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 トマス・ワイアット。この男の気の荒さには定評があった。
 彼はケントの豪族として、父親から広大な領地を相続していたが、故郷でじっとしているような男ではなかった。ロンドンでは暴動鎮圧のおり、上官であるハワードに逆らった廉(とが)で投獄されている。

 その後許されてヨーロッパを周遊し、おそらく1549年頃帰国した。
 時の権力者ノーサンバーランド公に対して、ロンドンの治安維持について提言をしたものの、ノーサンバーランドの失脚でご破算となった。
 ジェーンが即位した時には、ロチェスターでメアリー支持の宣言を出した。
 気性は激しく排他的な愛国者。彼がいつ頃からスペイン人を憎み始めたかは定かではない。一説によれば、スペインを旅した時、地元の教会関係者から恐迫されたからだともいう。

 1554年1月、メアリー女王がスペイン王子フェリペとの結婚を発表すると、愛国者達は一斉に反発した。
 中でもワイアットはケントのロチェスターを本拠に、4000名を率いて挙兵した。
 いわゆる「ワイアットの乱」である。反乱軍は、国民からまったく支持されず、ロンドンへの入場すら阻止される有り様だった。しかし強引にゲートを通過したワイアット勢は、女王のいる聖ジェームス宮殿を目指して挫折。2月7日、捕えられてロンドン塔に送られている。

 悪いことに、この反乱に、ジェーンの父/ヘンリー・グレーが関与していた。
 ヘンリーは藁の下に身を隠しながら必死に逃亡したが、自分の領地に逃げ込む寸前で捕えられた。
夫を熱愛していた妻フランシスは、半狂乱になって女王に泣きついた。

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           苦悩しながら処刑命令書にサインする
           メアリー1世(19世紀の歴史画)
 
 しかし今まで、明らかに反乱を企てた者が許されたためしはない。いくらメアリー女王といえども、見逃すことは難かしかった。だが、メアリーには君主として、ヘンリー・グレイよりも先に倒さねばならない存在がいた。
 裏切られた悲哀と苦渋のうちに、メアリーは「反逆者ギルフォード・ダッドリーと、その妻」の処刑命令書にサインする。ヘンリー・グレイの浅はかな行為が、自身のみならず、娘のジェーンの運命まで決定してしまったのである。

「お父様・・・・お父様、なんて事を」
 ジェーンは両手で顔を覆ってすすり泣いた。グレイ家は女系家族であり、父は唯一の男として一家の心の支えだった。母は娘たちよりも夫を愛していた。
 その父が死ぬ。死んでしまう。そう思う時、ジェーンの全身から潮が引くように生きる力が失せていった。父が獄中で、娘のために嘆き悲しんでいると伝え聞き、ジェーンは手紙を書いた。

「愛するお父様、私はあなたによって死ぬことで、神様を喜ばせました。
 それによって、私の魂は生き延びるのです。神様は私に死をお与えになる
 かわりに、この悲惨な日々を終わらせて下さるのです。私には、あなたの
 お嘆きがわかります。神様の前で、私の血は、きっと無実を叫ぶでしょう。
 あなたの従順な娘ジェーン・ダッドリー」

 ヘンリー・グレイの処刑は2月23日と決まった。ジェーンとギルフォードの処刑はそれよりも早く、2月8日の時点で決まっていたものの、ずるずると延びる可能性が高くなった。メアリー女王は大権をもってジェーンを特赦するつもりでいた。何しろジェーンはずっとロンドン塔にいたのだから、実際反乱に加担することなどできるはずがないのだ。今回も前のように、名前を利用されただけではないのか?
 しかし、反逆罪が決まった人間を特赦するには、それなりの名目が必要だった。女王に絶対服従しているという証拠のようなものを・・・・。
 メアリー女王は必死で頭をめぐらした。
 愛する叔母の孫を、この手で殺したくはなかった

 

(夏になったら、ヒースの花が咲く)
 ジェーンは故郷のブレイドゲートの野原を思い出した。
 原生林を切り開いた野原に生えるヒースは、ツツジ科の花だけあって、初夏から夏にかけて、美しい花が咲く。
 ブレイドゲートの館の前にも、ヒースの野が広がっていた。
  父と母、妹たち。家族で馬に乗り、野原を駆け抜けた頃を思い出した。もう2度と、帰ることはない。

 2月8日、女王の特使フェキンハム博士が訪れて、女王の意志を告げた。
「陛下はあなたを特赦したいとお考えです。そのために、どうかカトリッ
 ク信者になって、服従の証を見せていただきたい。そうすれば、処刑から
 終身刑へ変更なさるおつもりです。」

 ジェーンは静かに考えた。仮にここで許されても、一生塔から出ることはできない。それに、また誰かが知らないところで反乱を起こしたとしたら、また死の淵に立たされるのだ。
 後何回、同じ目にあうのだろう。・・・・・生きている限り、それは続くだろう。
(死にたい。)
 ジェーンは、つくづく思った。死んでしまえば、魂だけでも、あのヒースの野を駆けることができるような気がした。

「どんな宗教が正しいとか、そんな無意味な論争をしている時間はありません。
 女王陛下のお情けには感謝します。でも、もう生きていたくないのです。」
 フェキンハム博士は、3日間だけ待つ、と伝えた。その間に連絡をくれたら、女王陛下は特赦なさるでしょう。3日間だけ待つ、と。
 ジェーンは首をふった。もう無意味な時間などいらない。

 別の獄舎にいたギルフォードが、会いたい、と伝えて来た。
 メアリー女王は、2人がよく話し合うように、と面会を許可した。
 しかしジェーンは会わなかった。会えば、決意が弱まるだけなのだ。
 かわりに手紙を書いた。

「もっとすばらしい世界で再会しましょう、ギルバード。その時には、私たちは永遠に1つになって結ばれるの。」
「永遠に・・・・・。」
 ギルバートが答えた。

 2月12日、10時、ビーチャムタワーの窓から、ジェーンは処刑台に向かうギルバートの最期の姿を見つめていた。
 数十分後、血まみれのギルバートの体が板の上に乗せられて、運ばれてきた。
 切断された頭部は、白い布で包まれていた。
「ギルバート!ギルバート!!」
 ジェーンは泣き叫んだ。
「私、恐い、恐い・・・・恐い。」

 1時間後、ついにジェーンの番が来た。ロンドン塔長官に手をとられて、ロンドン塔内にある、教会前の小さな緑地へ向かった。
 処刑台の周辺には、あのフェキンハム博士の、悲しげな顔もあった。
 ジェーンは賛美歌を歌った。それから世話をしてくれた侍女のエレンに形見として、ハンカチと手袋を渡した。エレンは泣きながらジェーンの頭の飾りとスカーフをはずし、マントを脱ぐのを手伝った。
 処刑人はジェーンの前にひざまづき、許しを乞うた。5分間、静寂が続いた。女王からの、最後の特赦を待つ時間だった。しかし、誰も現れなかった。

 5分後、ジェーンは自分の手で目隠しをしてから、パニックに陥った。
 必死で手探りをしながら、助けを求めた。
「どうすればいいの?どこへ行けばいいの?」
 見るに見かねて、立会人だった神父がジェーンを斬首台まで導いた。
 ジェーンはやっと台をみつけると、小さくつぶやいた。
「神様、あなたを誉め讃えます・・・・。」

 最初の一撃で斧は深く首にめりこみ、ショックで肉体は痙攣する。
 さらにもう一撃で、切り損ねた腱を切断する。行き場のなくなった血は、切断面から激しくほとばしり、足元に敷き詰めた藁を深紅に染めた。

 ジェーンの体はその場に4時間放置された後、正面にある聖ピーター教会に葬られた。
 1554年2月12日、16歳と4か月の生涯だった。

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